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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)1891号 判決

原告 株式会社花岡工務店

右代表者代表取締役 花岡吉雄

右訴訟代理人弁護士 遠藤隆也

被告 川野政三

右訴訟代理人弁護士 栗原勝

当事者参加人 栗田進

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 戸田等

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  当事者参加人らの原告及び被告に対する各請求を棄却する。

三  訴訟費用中、参加によって生じた費用は当事者参加人らの負担とし、その余の費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告代理人は「一、被告は原告に対し金三〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに右第一項につき仮執行の宣言を求め、当事者参加人らの請求に対し「参加人らの請求を棄却する。参加費用は参加人らの負担とする。」との判決を求めた。

二  被告代理人は主文同旨の判決を求めた。

三  参加代理人は「一、原告の本訴請求にかかる金三〇〇〇万円の損害賠償債権のうち、金一二〇〇万円の債権が当事者参加人五名に属することを確認する。二、被告は当事者参加人五名に対し各金二四〇万円を支払え。三、参加費用は原告及び被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

第二主張関係

一  原告代理人は次のとおり述べた。

(一)  原告は昭和四一年一一月一四日訴外藤栄工業株式会社(以下藤栄工業と略称)から、埼玉県大里郡寄居町大字三ヶ山所在の本件農地(面積合計六町六反七畝七六歩)に対する条件付所有権移転仮登記にかかる権利を、農地法五条所定の許可を条件として、代金六五〇万円で買受け、同月二四日右条件付所有権移転の付記登記を受けた。

(二)  被告は、右仮登記にかかる権利をすでに自己が取得したものとし、藤栄工業と原告との間の前記売買契約を通謀虚偽表示による無効の契約であると主張して、東京地方裁判所に仮処分を申請し昭和四二年二月二一日右権利に対する譲渡禁止の仮処分決定を得、翌二二日その仮処分登記を経た。

本案訴訟として被告は原告を相手どり東京地方裁判所同年(ワ)第二〇二三号土地所有権仮登記抹消請求事件の訴訟を提起したが、昭和四六年四月二八日被告(右事件原告)敗訴の判決が言渡され、控訴審東京高等裁判所同年(ネ)第一二九七号事件でも昭和四八年七月三一日控訴棄却の判決が言渡され、上告審(同年(オ)第一〇九〇号)においても昭和四九年二月二二日上告が棄却された。

右本案訴訟において、被告は、前記付記登記の原因たる藤栄工業と原告との間の売買契約が通謀虚偽表示で無効であり、また原告が背信的悪意の取得者であると主張したが、裁判所は採用しなかった。

(三)  被告の右の訴訟における主張は全く事実に反する一方的なものであるから、被告が右主張に基き本件仮処分をしたのは違法であり、民法七〇九条により、被告は本件仮処分により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(四)  原告は、藤栄工業に対し昭和四一年九月一五日金一〇〇万円を返済期限同年一〇月一四日の約で貸渡し、さらに同年一〇月一五日金一〇〇万円を返済期限同年一一月一四日の約で貸渡し、その際、本件仮登記にかかる権利を譲渡担保として藤栄工業から譲り受けたが、藤栄工業が右貸金(合計二〇〇万円)を返済できなかったので、あらためて本件売買契約を締結し、右貸金二〇〇万円を売買代金六五〇万円の内金に充当し、残金四五〇万円を支払って本件条件付所有権移転の付記登記を受けたのである。

原告は、買受け後から転売すべく考えており、二、三買受けの話があり、昭和四七年五月二日原告と訴外千代田工機株式会社との間で坪当り代金八五〇〇円で同会社に売渡すことの合意に達したが、被告がした本件仮処分のため売買を中止せざるを得なかった。

そこで、原告はやむなく同年九月八日前記権利を藤栄工業に代金二五〇〇万円で買戻させた。

本件農地の面積は合計二万三三坪で、右権利は坪当り八五〇〇円と評価されていたから、少くとも代金一億七〇〇〇万円以上で売却することができたのに、代金二五〇〇万円で売買せざるを得なかったため、原告はその差額金一億四五〇〇万円以上相当の損害を被ったものである。

(五)  原告は、前記本案訴訟に応訴するため、東京弁護士会所属弁護士上原悟に訴訟代理を委任し、昭和四二年六月着手金二〇万円、昭和四四年四月中間金三〇万円、昭和四六年七月第一審報酬及び控訴審着手金一〇〇万円、昭和四八年一〇月控訴審報酬一〇〇万円を各支払い、右合計二五〇万円相当の損害を被った。

(六)  よって、原告は被告に対し、(四)、(五)項の損害額のうち金三〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

(七)  原告の本訴請求は、被告がした前記本案訴訟の提起追行をもって不法行為と主張するものではなく、被告がした本件仮処分の違法を根拠として損害賠償を求めるものである。本案訴訟で当該原告敗訴の判決が確定した場合は、当該原告申請の保全処分については、特段の事情がない限り、申請人において過失があったものと推定して、損害賠償を認めるのが確定した判例理論であり、近時の学説には、民訴法一九八条二項を類推して無過失責任を認めるものも多い。

(八)  原告は昭和四一年一一月一四日被告の存在を全く知らずに本件農地の権利を取得したもので、同年一二月初旬頃突然被告から電話連絡があって被告の存在を知るに至った。その際、被告から説明を求められたので、原告は被告に対し、被告と藤栄工業との間の本件農地に関する従来の経緯について原告に告げられることなく前記の経過により権利取得及び付記登記がなされたことを説明し、被告もこの間の事情を了解した。

そして翌昭和四二年二月頃原告の許へ中央競馬会が本件農地を含む隣接地を買取るという話が持ち込まれたので、原被告が話し合った結果同年三月一八日、原告は本件農地を、被告は被告名義の隣接山林を、一括して売却することで合意しているが、これは本件農地に対する原告の権利を肯認した上でのことである。

また、被告は昭和三八年三月二八日本件農地の権利とともに隣接山林を譲り受けているが、その際右山林の移転登記を受けながら、本件農地の権利についてはなんらの登記もしていない。これは、被告が山林に比して本件農地が割高であるとの理由で本件農地に対する自らの権利を放棄したことによるものであり、このことは、前記本案訴訟提起後の昭和四二年八月二四日被告が本件農地を各地主から直接二重に買受けていることからも明らかである。

以上のように被告は、原告が本件農地の権利を正常な売買で取得したものであることを熟知していたばかりでなく、むしろ被告こそ本件農地に対する権利を有しないか、又は少くとも登記なくして原告に対抗できない法律関係にあることを十分知っていながら(被告は金融業及び不動産業を手広く営んでいる者である)、事実を歪曲して本件仮処分に及んだものである。

(九)  本件仮処分当時は、いわゆる不動産ブームの初期であったのみならず、被告も原告も不動産業者であり、農地を取得する目的は転売以外にはなく、前記の中央競馬会への土地売却の合意をしたこともあるから、被告は原告の本件損害について予見し、又は予見し得べかりしものであった。

(一〇)  (参加人らの主張に対する答弁)

参加人らの主張(二)項は否認する。同(三)項は認める。

参加人らが主張する分配契約は、本件農地が売却処分された場合の約定であって、原告固有の損害の賠償を求める本訴請求権を含むものではない。

仮に本訴にかかる請求権を含むとしても、栗田都枝は原告が支出した弁護士費用等の経費の負担に応じないばかりか、本件農地の売却代金のうち原告らに分与すべき金七六〇〇万円を一人占めにしているのであって、栗田の相続人である参加人らの請求は著しく信義に反し許されない。

二  被告代理人は次のとおり述べた。

(一)  原告主張(一)及び(二)項の各事実は認めるが、同(三)項は争う。

(二)  同(四)、(五)項の事実は不知。損害の点は争う。

(三)  藤栄工業は、昭和三六年四月一八日本件農地を各所有者から農地法五条所定の許可を条件として買受け、右停止条件付売買契約を原因とする本件仮登記を経由したのち、右権利を訴外大商証券株式会社(以下大商証券と略称)に譲渡した。同会社の子会社訴外大商不動産株式会社(以下大商不動産と略称)は藤栄工業に対し、本件農地の条件付所有権を周辺の山林とともに担保に提供させて、金五〇〇〇万円を貸付けたが、藤栄工業はこれを返済できなかった。そこで藤栄工業、大商証券、大商不動産及び被告の四者間において、昭和三八年三月二八日次の(1)ないし(4)の約束内容の契約をした。

(1) 大商証券から被告に対し、藤栄工業名義の本件条件付所有権及び前記山林(埼玉県大里郡三ヶ山所在の山林一九万六七五二坪)を代金合計八〇〇〇万円で売渡す。

(2) 本件農地については、右山林の所有権移転登記完了及び代金完済と同時に、藤栄工業の仮登記名義のまま被告に引渡す。ただし、本件農地の各地主に対する未払残代金は被告において負担する。

(3) 藤栄工業は大商不動産との間で締結した昭和三六年八月二二日付念書に基く本件農地及び右山林に関する処分権を放棄し、両社間に取り決めた一切の約定を破棄することを確認する。

(4) 藤栄工業は、昭和三八年六月二〇日までに被告に金九八〇〇万円を支払うことにより、本件農地の条件付所有権及び右山林を被告から買戻すことができる。右期限を徒過したときは、藤栄工業は本件農地及び右山林に対する一切の権利を喪失し、この場合藤栄工業と大商証券との間の本件農地及び山林売買に関する一切の約定を破棄する。

しかし、藤栄工業は、昭和三八年六月二〇日の買戻期限までに約定の代金を被告に支払わなかったので、右期限の経過とともに、本件農地の条件付所有権に対する買戻権を喪失し、被告は藤栄工業に対し、本件仮登記につき権利移転の付記登記を請求する権利を取得した。なお、藤栄工業は被告に対し、本件仮登記を抹消することを約束した。

ところが、藤栄工業は、既に被告に譲渡したうえ前同日買戻権を確定的に喪失して被告に本件仮登記の移転登記をすべき義務を負担していた本件農地の条件付所有権を、自己の利益を図る目的で、昭和四一年一一月一七日原告に売渡し、この二重譲渡にかかる右権利につき同月二四日本件仮登記の名義を原告に移転する本件付記登記手続をした。

そこで被告は、自己の権利を保全するため、昭和四二年二月二一日右付記登記にかかる権利の譲渡その他一切の処分を禁止する本件仮処分決定を得たうえ、原告主張の本案訴訟を提起したのである。

右訴訟において、被告は、右の藤栄工業から原告に対する売買の契約は通謀虚偽表示によるもので無効であり、また原告は背信的悪意の取得者として被告の登記欠缺を主張しうる正当な第三者でなく、さらに原告及び藤栄工業の背信行為が公序良俗に反し無効であることを主張した(本案訴訟の控訴審においては、藤栄工業の本件農地所有者に対する権利の消滅時効及び不行使による失効をも予備的に主張した)が、裁判所の採用するところとはならなかったけれども、被告が自己の右主張を正当と信ずることに合理的な理由があったものである。

藤栄工業は、昭和三九年一月から昭和四一年一一月一日まで訴外栗田都枝が、同年一〇月三一日からは訴外田中計一がそれぞれ代表取締役に就任していたが、栗田と田中とは昭和二八年頃からの知り合いで、田中は昭和四一年夏頃から藤栄工業の代表者の代行をしており、田中の代表取締役就任と同日に藤栄工業の監査役に就任した訴外石丸良孝は、田中とは昔からの親しい知り合いであるとともに、原告代表者花岡吉雄とも昭和三〇年以来懇意な間柄であり、花岡に田中を紹介したものである。

栗田は田中が代表取締役に就任する以前から田中に対し本件農地及び山林の金を被告に返したい旨を再三話しており、さらに栗田は昭和四一年秋以降何回か被告に対し本件農地及び山林を売らせて欲しいと頼みに来たことがあり、花岡も本件農地の売却方につき被告から承諾を得ている事実がある。

藤栄工業の本件農地に関する仮登記の権利証については、被告が昭和三八年七月一三日大商証券に売買代金を完済し土地引渡を受けるのと同時に大商証券から右権利証を受取り保有していた。右仮登記の申請手続は寄居町の堀口仲次郎司法書士に委任してなされたものであり、被告は、藤栄工業が買戻権を喪失した後の昭和三八年一二月一七日に直接本件農地の各所有者から法定条件付所有権仮登記請求権を取得してその旨の仮登記を経由し、本件仮登記についてはその抹消登記手続を同じ堀口司法書士に依頼していた。

ところが昭和四一年一一月中旬過ぎ頃、藤栄工業代表取締役退任直後の栗田から被告に対し「藤栄工業が本件仮登記を第三者に移転しようとしているが、権利証がないため保証書により登記申請をする筈だから、その際は自分が会社に泊り込み、浦和地方法務局寄居出張所から来る権利移転確認の通知書を被告の方に持参する。」と言ってきた。しかし栗田はこれを実行せず、藤栄工業から原告に対する本件仮登記移転の付記登記申請手続は、堀口司法書士を避け、わざわざ東京の松本司法書士に依頼し保証書を用いてなされている。(不動産業者である原告は、登記済権利証が藤栄工業の手許にないのであるから、当然不審を抱き調査した筈である。)

以上の事実関係から、原告は、本件農地の権利が既に藤栄工業から被告に譲渡されていたことを知りながら、藤栄工業と通謀し、単なる金儲けのため、もしくは本件農地の権利を被告に高く売りつけて利益を得る目的で、藤栄工業と取引したものと判断され、被告は鈴木保弁護士に委任して本件仮処分を申請したのである。

本件仮処分の本案訴訟が第一審に係属中の昭和四四年五月一五日に、原告、藤栄工業、栗田及び石丸良孝の四者間において、利益分配(原告及び栗田が各四割、藤栄工業及び石丸が各一割)の約束をした事実があり、これによっても藤栄工業と原告との通謀の点は明らかである。

よって、被告は、本件仮処分をしたことについて違法はないし、なんら故意も過失もない。

(四)  原告主張(八)項中、被告が昭和四一年一二月初旬頃原告に電話して原告の権利譲受けの経緯について説明を求めたこと、翌年三月一八日被告が原告の権利を認めて山林と一括して売却すべく合意したことはいずれも否認する。また、原告主張の被告の権利放棄の事実はない。被告が本件農地を直接各地主から買受けた事実はあるが、これは各地主が真の仮登記権利者である被告に対し売買代金残額の支払を要求したためである。原被告が不動産業者であることは認める。

(五)  原告主張の損害発生の事由は、特別の事情に該たるもので、被告において予見しておらず、予見し得べかりしものでもなかったから、この点からしても原告の本訴請求は理由がないものである。

(六)  (参加人らの主張に対する答弁)

参加人ら主張(二)項の事実は不知。被告の損害賠償義務は争う。

三  参加代理人は、参加請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  被告の不当な本件仮処分による原告の本訴損害賠償請求の原因事実については、原告の主張を援用する。

(二)  原告と栗田都枝は、本件仮処分の本案訴訟中の昭和四四年五月一五日、右訴訟の結果本件農地につき利益が発生した場合はその入手額を原告及び栗田が各四割、藤栄工業及び石丸良孝が各一割の割合で配分し、原告は栗田に右四割の利益を分与する旨契約した。

したがって、原告の本訴請求にかかる被告に対する金三〇〇〇万円の損害賠償請求債権のうち四割に当たる金一二〇〇万円の債権部分は栗田に帰属し、被告は右金一二〇〇万円を栗田に対し支払うべき義務がある。

(三)  栗田都枝は昭和四九年七月二六日死亡し、同人の権利は、その実子である当事者参加人五名が均分相続した。

(四)  よって、右債権帰属の確認を求めるとともに、被告に対し右金一二〇〇万円(参加人一人当り二四〇万円)の支払を求めるため、参加請求に及ぶ。

なお、原告主張(一〇)項中の、栗田が弁護士費用等の負担をしないとの点及び金七六〇〇万円を一人占めにしているとの点は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告主張の請求原因(一)、(二)項の事実及び原被告がともに不動産業者であることは、当事者間に争いがなく、訴外栗田都枝が昭和四九年七月二六日死亡し同人を当事者参加人五名が均分相続したとの参加人ら主張事実については、原告において認めるところであり、被告においても明らかに右事実を争わず自白したものとみなすべきである。

二  《証拠省略》を総合すると、次の各事実を認めることができる。

本件農地は、山間の一五〇余筆の開拓農地であり、これが散在する周囲の山林約二〇万坪とともに、昭和三六年四月藤栄工業(当時代表者藤田一郎)が地元の所有者らから買収し、山林については所有権移転登記を受け、本件農地については買収代金のうち一割を支払って農地法五条の許可を条件とする停止条件付所有権移転の本件仮登記を経ていたが、藤栄工業は、右買収の資金五〇〇〇万円を大商不動産から借受け、右山林及び本件農地の権利全部を譲渡担保に供する約束をし、山林については大商不動産のため所有権移転請求権仮登記を経由し、本件農地については仮登記済の権利証、印鑑証明書、(抹消登記申請用の)委任状等登記申請書類を大商不動産に交付した。本件農地の右仮登記名義は藤栄工業のままにされていた。

藤栄工業は右借金を返済することができず、大商不動産との間で、右山林及び農地に対する権利を大商不動産の所有とし藤栄工業において代金七五〇〇万円を支払って買戻すことができることを合意したが、藤栄工業は数回買戻期限の延長を得ながら結局買戻代金を調達できなかったため、山林については昭和三七年七月大商不動産に所有権移転の本登記をした。その後もさらに将来の買戻しを望んだ藤栄工業は、同会社のための買戻特約付で右山林及び農地の権利を大商不動産から買受けてくれる買手として、不動産業者高野某から被告を紹介され、高野の仲介により大商不動産に取引を申し入れ、大商不動産、被告及び藤栄工業の三者間で折衝の結果、被告の希望により大商不動産の親会社大商証券を法形式上の売主として介入させて取引をすることとなった。そこで、大商証券を加えた右四者間において昭和三八年三月二八日契約書を作成して、前記山林及び本件農地の権利を被告が代金八〇〇〇万円で大商証券から買受け、同年六月二五日までに代金完済と同時に被告に対し山林については所有権移転登記し本件農地については藤栄工業名義の本件仮登記のまま右各土地を引渡すこと、地元所有者らに対する農地残代金の支払は被告の負担においてすること、藤栄工業は従来大商不動産から与えられていた土地処分権を放棄することなどの内容の契約を締結し、同時に、別途藤栄工業と被告との間において念書を取り交わして、藤栄工業は同年六月二〇日までに買戻代金九八〇〇万円を支払うことにより被告から右山林及び本件農地の権利を買戻すことができ、右買戻期限を徒過したときは藤栄工業は右不動産に関する一切の権利を失うことを約束した。

右契約に基き、藤栄工業から大商不動産に差入れられていた本件農地の仮登記済み権利証、その抹消登記申請用委任状(農地法所定の許可申請当事者の関係で、最終的処理方法として便宜上、本件仮登記を抹消して改めて直接地元所有者らと最終買主との間で売買契約の形式を踏むこととしたため)、印鑑証明書その他の登記申請手続書類が被告に交付され、かつ、藤栄工業は被告に対し、約定買戻期限徒過の場合の抹消登記実行に使用するための有効期間を見込んだ新印鑑証明書を後日交付することを約束した。

藤栄工業は被告からの買戻期限を経過しても約定買戻代金を被告に提供することができず、同年七月一三日被告は大商証券に約定買受代金を完済し、大商不動産から被告に対し、前記山林及び本件農地を引渡すとともに右山林につき所有権移転登記を経由した。

そして被告は本件農地につき前記地元所有者らと折衝して同年一二月一七日受付をもって直接右所有者らから被告に対する同日付停止条件付売買契約を原因とする所有権移転仮登記を別に取得した。本件仮登記や前記各所有権移転登記の申請手続は管轄登記所たる浦和地方法務局寄居出張所が所在する地元寄居町の堀口仲次郎司法書士が受任して実行したものであり、地元所有者らから被告に対する前記直接の仮登記の申請も同司法書士が受任して手続したが、被告は、その手続委任と同時に、本件仮登記の抹消登記手続をも同司法書士に依頼して前記権利証、委任状及び後に藤栄工業から徴した新しい印鑑証明書等を預けた。しかし、何故か右抹消登記の手続は実行されず藤栄工業の印鑑証明書の更新もされないまま放置され、被告は右抹消登記手続は完了したものと誤信していた。

その後、藤栄工業では代表者を変更して昭和三九年一月頃から栗田都枝が代表取締役に就任した。栗田は、もともと前記土地買収事業につき実質的な藤栄工業との共同事業者として藤田一郎と行動を共にして買収に深く係っていた関係で、当初から藤栄工業の大商証券、大商不動産や被告との前記取引及びその後の経過を熟知しており、買戻期限徒過後も被告方にしばしば出入りして前記山林及び本件農地の権利について転売の仲介を許すよう被告に要請し続け、また、本件仮登記抹消をすることに対する「ハンコ代」として金員をせびるなどしていたが、本件仮登記の残存に気付かなかった被告は相手にしない態度をとっていた。

栗田は、藤栄工業に対する債権者訴外高橋修一郎から要求され、弁済確保のため高橋を栗田と並んで藤栄工業の代表取締役に就任させていたが、山梨県身延市で旅館を経営していて藤栄工業に常勤することができなくなっていたため、栗田は古くからの親しい知人である訴外田中計一郎に対し、前記山林及び本件農地に関する取引事情を含む従来の経過事情をすべて説明して相談のうえ、昭和四一年七、八月頃から藤栄工業の業務処理の代行や高橋による会社乗取り防止方を依頼していた。

田中は知人の金融業者訴外石丸良孝から同人の永年懇意にしていた原告代表者花岡吉雄を紹介され、田中、石丸及び花岡の三者で相談のうえ、原告から藤栄工業に弁済資金を貸付けて高橋に対する債務を弁済し高橋をして藤栄工業の役員を辞任させることとし、田中は、原告から藤栄工業に融資させ昭和四一年一一月一日高橋に会社債務を返済して同人の辞任に成功し、同日高橋辞任の登記をするとともに、同時に田中自らの取締役及び代表取締役就任並びに石丸の監査役就任の各登記をした。

その後同月七日栗田は取締役及び代表取締役を辞任し同月八日その旨の登記がなされたが、本件仮処分の本案訴訟(各審級とも本件被告川野が敗訴)における第一審判決後控訴審判決前に栗田は再び代表取締役に就任している。

昭和四一年一一月初旬の前記一連の役員変更登記がなされたのちの同月半頃藤栄工業代表者田中計一と原告代表者花岡吉雄との間において、すでに大商不動産、大商証券を経て被告に譲渡済みの本件仮登記にかかる権利の二重譲渡を約束し、同月二四日原告に対する右権利移転の本件付記登記をしたが、右譲渡の原因については、本件訴訟と同じ昭和五一年中に、原告が当事者参加人五名を相手どり東京地方裁判所八王子支部に提起した栗田との契約に基く利益分配金請求の訴訟(同庁同年(ワ)第二二六号分配金等請求事件)において昭和五三年三月二三日言渡された判決では、「原告は昭和三八、九年頃から藤栄工業に三〇〇ないし四〇〇万円程度の融資をしていて、昭和四一年一一月頃、藤栄工業が原告に対し負担する債務額を六五〇万円と定め、右債務を担保するために譲渡したものである」との趣旨の事実が、原告代表者尋問結果を含む証拠により、認定されている。

前記栗田辞任の登記後、本件仮登記移転の付記登記がなされる数日前頃、栗田は被告を訪れ、「藤栄工業が本件仮登記の権利者名義を他に移転すべく工作中であり権利証がないため保証書を使用して移転の登記申請手続をする筈であるから栗田自身で藤栄工業の事務所に泊り込み登記所から郵送されて来る照会文書を被告方に持参し移転登記防止に協力する」旨を被告に告げたことがあり、栗田はその言を実行しなかったが、被告は、本件仮登記がすでに抹消登記済みと思っていたため意に介さなかったところ本件付記登記による移転がなされたことを昭和四二年一月に堀口司法書士から知らされ、調査した結果、右付記登記の手続は、従来からの経緯を知り権利証を預っていた堀口司法書士には委任されず、他の司法書士に委任され保証書を用いてなされたことが判明した。

そこで被告は、原告に抗議するとともに、鈴木保弁護士に相談し法的措置を委任した。

鈴木弁護士は、原告から従来の経過を聴取し証拠となる文書類を検討するとともに、栗田にも会い、その結果、従来栗田がしばしば被告を訪れてハンコ代なる金員を要求していたこと、栗田が登記移転工作の情報を被告に伝えに来た前記の事情、本件付記登記の申請手続をするについて堀口司法書士への委任をことさら避けたふしがあることを主たる根拠として、原告と藤栄工業とが通謀して、すでに被告に譲渡済みの本件農地に対する権利につき、原告に対する二重譲渡の形をとり被告の権利保全を妨げる悪意をもって右付記登記をしたものと判断し、被告からの訴訟委任に基き本件仮処分を申請した。

本件仮処分申請の頃、たまたま訴外中央競馬会において本件の山林及び農地を買収する計画があったため、原告は栗田とともに被告を訪れ、相協力して同会に売却したい旨申し入れ、被告は、鈴木弁護士と相談のうえ、本件農地の権利及び山林が被告の権利に属することを前提として原告が売却の仲介をすることにつき承諾をし、原告の求めに応じ昭和四二年三月一八日頃、期間を同年四月末日までと限定した競馬協会宛の土地売渡承諾書を原告に交付したことがある。

本件仮処分の本案訴訟においては、本件被告川野は、藤栄工業をも共同被告として相手どり本件仮登記の移転登記(控訴審において抹消登記に変更)を併合請求していたものであるが、右訴訟が第一審に係属中の昭和四四年五月一五日頃、原告(代表者花岡吉雄)、藤栄工業(代表者田中計一)、石丸良孝及び栗田都枝の四者間において、右本案訴訟において当該訴訟の共同被告たる原告及び藤栄工業側が勝訴し又は訴訟内外の和解により収入を得た場合、収入額から諸経費を差引いた残額を右四者で分配することとし、その割合を原告及び栗田が各四割、藤栄工業及び石丸が各一割とする旨の契約を締結した。この契約締結の事実は、右本案訴訟中には明るみに出ず、被告川野の敗訴が上告審で確定した後に右契約当事者間で仲間割れが生じ、栗田死亡後前記の東京地方裁判所八王子支部での訴訟事件を契機として本件訴訟に当事者参加がなされ、右契約の証書として丙第一号証が参加人らから提出されるに及んで暴露されるに至った。

右本案訴訟において、栗田都枝及び石丸良孝は証人として、原告代表取締役花岡吉雄は当事者代表者としてそれぞれ尋問を受け供述したが(その調書が甲第二、三号証及び第五号証)その尋問供述時期は、いずれも右分配契約締結後のことである。

三  本件仮登記にかかる権利の原告譲受けの原因に関し、原告の主張するところの事実は前記八王子支部事件判決の認定する事実とは異なり、原告代表者花岡吉雄は当事者尋問において右主張に沿う供述をし、高橋修一郎を辞任させるための債務弁済資金として、原告主張のとおり本件農地を担保にとり昭和四一年九月一五日及び同年一〇月一五日の二回にわたり原告から藤栄工業に金一〇〇万円宛(計二〇〇万円)を貸付けた旨述べ、原告はその証書として作成日付を右各貸付日とする二通の借用証(甲第六号証の一及び二)を提出している。しかし、右各借用証はいずれも藤栄工業の代表取締役として田中計一作成名義にかかるものであり、右各日付当時の代表取締役は栗田及び高橋の両名であって、田中は役員ではなく、しかも、その当時は代表取締役が誰であるかについては田中や花岡を含む関係者間において明確に意識されていたこと及び右供述にかかる貸金の目的や高橋辞任登記の時期の関係等に徴し、右甲第六号証の一及び二は作成名義人の点でもその内容においても不自然であって怪しむに足り、後日において、同号証の三ないし五とともに、ことさら作為するため作成された疑いが濃い文書である。また、栗田都枝は前記本案訴訟の証人尋問(甲第二号証)において、同人の前記辞任登記は栗田自身の関知しないうちに高橋が登記書類を偽造して申請した旨供述しているが、その登記の時期から見て高橋の仕業ではあり得ず、右供述は措信できない。

そして、前記本案訴訟の第一審における人証の取調べの段階においては、すでに栗田及び石丸は原告や田中と利益分配の契約により結託し、右訴訟の結果について利害を同じくするに至っていたものであり、この面から、栗田及び石丸の証言調書である甲第二、三号証、原告代表者花岡の供述調書である甲第五号証の各内容及び本件訴訟における同人尋問の結果については、信用性について考慮すべきものがあり、右各証拠中、前認定に反する部分及び原告の善意を言う部分は、他の証拠関係に照らし信用できない。

他に前認定を動かすに足りる証拠はない。

四  以上によれば、本件仮処分の本案訴訟において被告川野の主張は排斥され請求は棄却されたけれども、それは、被告本人川野が、当事者尋問に際し、質問を傾聴して趣旨を理解し虚心に応答する態度に薄く、徒らに自己の主張を述べるに急で焦点を外れた供述をくり返したこと(本件訴訟においても多分にその傾向が見られる)により立証に混乱を生じ、また当時は前示の利益分配契約による原告と藤栄工業関係者らとの結託の事実がかくされていたことによるものと想察され、当時右結託の事実が明らかにされていたならば、訴訟の結果は必ずしも同一に帰したとはいえないものと考えられ、前認定の事実関係のもとにおいては、被告から訴訟委任を受けた鈴木弁護士が、原告と藤栄工業との通謀虚偽表示ないし背信的悪意があったものと判断し、被告の権利を保全し、かつ、訴訟の相手方当事者を恒定するため、本件農地の権利に対する処分禁止の仮処分を申請したことについては、不法行為の故意も過失もなく、これにより原告が損害を被ったとしても右仮処分申請をもって違法と認めることはできない。

したがって、その余の争点につき判断するまでもなく、右仮処分申請を不法行為として損害賠償を求める原告の本訴請求は理由がなく、右不法行為の成立を前提とし損害賠償請求権の一部を取得したものとしてその確認及び弁済を求める当事者参加人らの各請求もまた理由がない。

五  よって、原告の被告に対する本訴請求並びに当事者参加人らの原告及び被告に対する各請求を失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条、九四条後段、九三条一項本文に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

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